『子供の家庭用ゲーム機離れ』が深刻……スマホへ移行 記念日等に『買ってもらう』楽しみを味わえないのは、可哀想?

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ちょっとショッキングなデータが発表されています。『子供の家庭用ゲーム機離れ』が深刻、とのこと。


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誕生日、こどもの日、クリスマス。小さい時は、年にこの3回が、親にゲームソフトを買ってもらうチャンスでした。小遣いを貯めたり、すでにあるゲームを売ったり(親の許諾が必要なのでずいぶん小言を言われましたが)して、それらイベント外でも買うことは可能でしたが、基本的にはその3つ。読者の中には、誕生日だけ、完全小遣い制などさまざまなタイプの家庭があったことと思います。中にはテレビゲームは完全NGで、自分で収入を得るようになってから完全自費で購入して初めてテレビゲームに触れたという人もいるかもしれませんが……。

いずれにせよいま20代30代の人間というのは、子供のときは当然家庭用ゲーム(+ゲームボーイ)しかないわけで、ソフトやハードを買ってもらうというのが重要なファクターだったことは間違いありません。しかしそんな懐かしき潮流も、スマホゲームの台頭により大きく変わろうとしています。

子供の家庭用ゲーム機離れ

超基本ですが、家庭用ゲーム機(CS機)というのは、現行機でいえばPS4やWii Uなど。加えて、携帯機という形ではありますが、3DSやVitaも含められます。

一方でモバイルデバイスやスマートフォンやスマホゲーと呼ばれるものは、スマートフォン(iOS端末、Android端末ほか)で遊べるアプリケーションゲームを指します。

家庭用ゲーム機が、いまでこそダウンロード版というものがありますが基本的には『カセット(ROMメディア)』を購入して、それをハードに挿入することでプレイできるのに対し、スマートフォンゲームは基本的にはダウンロードのみで完遂されます。家庭用ゲーム機のタイトルが基本的には売り切りであるのに対し、スマートフォンゲームは、売り切りのものは最近は少なく、現在は基本無料+アイテム課金(Free to Play、F2P)が主流です。

そして知らぬ間に、子どもたちが家庭用ゲームを遊ばなくなっているのです。

流れとしては必然か

知らぬ間にといいつつも、そういう流れは感じていた次第でしょう。実際、携帯電話としてスマートフォンを購入すれば、それだけでさまざまなゲームが遊べるわけですから、名目上は簡素ですし余計な出費がかからないように思えます。スマートフォン本体は高額ながら、携帯電話各社の巧みな割賦制度が普及を後押ししています。また友人と楽しめるソーシャル要素を導入しているタイトルも多く、子供たちがほぼ完全に取り込まれているのは否めません。

具体的なデータ

先日のギガジンの記事によれば、

調査結果では、2~17歳までの子どもの63%がモバイル端末で、45%が家庭用ゲーム機でゲームをプレイしていることが判明しました。家庭用ゲーム機でゲームをしている子どもの割合は、2013年の67%から22%も減少しています。家庭用ゲーム機で遊ぶ子どもの減少傾向は、年齢別に見てもほぼ全ての年齢で見受けられ、特に減少が大きかったのは2~5歳の子どもとのことです。

とのことです。

どちらで遊ぶ傾向が強いか、という内容ではありますし、PS4などの第8世代に限れば横ばいとのことではありますが、今後どんどんその差は開けられていくことでしょう。少なくとも、一昔前は完全に『無かった』ものがここまで普及してしまったのは、驚異的です。

『買ってもらう』という儀式が味わえないのは可哀想か

これが今回の主題です。要するに、心の部分を考えてみたいと感じています。データ的なところや議論はスルー。

思い出すのは、冒頭で述べたように、誕生日とこどもの日とクリスマスに、親にゲーム機をねだり、買ってもらうという儀式。クリスマスに関しては、サンタクロースという別のファクターが絡みますが、本質は一緒です。

欲しいソフトがある、それを我慢するかあるいは少し前借りにする。そして買ってもらう。ごくごく小さい時は戦隊モノのオモチャだったのが、段々とテレビゲームに移行。しばらくは、テレビゲーム機およびソフトが、記念日のプレゼントを占めていました。

欲しいソフトを選ぶという行為はもちろん、親にねだる・頼むことで、親とのコミュニケーションにつながる。逆に、今の子供は記念日に何を買ってもらっているのか不思議です。スマホゲームならば、もしかしてGoogle Playカード?…夢がなさすぎます。

昔の人はどうなる

すると思うのが、ゲーム機が無かった昔の人はどうなんだ、という話。うーん、何を買ってもらっていたんだろう……。ここは想像に難い部分では有ります。

スマホは親もやってる場合があり、一概に悪とも言えない?

“記念日がゲームソフト世代”は、親もゲームを遊んでいた家庭は皆無ではないでしょうか。遊んでいる兄弟がいたケースはあれど、親一丸となってというのは聞いたことがありません。逆に、今のスマホゲームは親もやっているケースが十分に考えられます。そう考えると、コミュニケーションが取れないというわけでもないのかもしれません。別にコミュニケーション目的はありませんが、むしろゲームを通じてコミュニケーションを取れるという意味では、スマホゲームも一概に悪とはいえないのかもしれません。

家庭用ゲーム機の奥行きを体験できないのはやはり可哀想

ともあれ、ぶっちゃけた話が、スマホゲームは奥行きがありません。素材が用意され、数値のインフレとギャンブル要素を経験し続けるだけです。全くの無意味で、データに金を払っているだけ、完全なる無駄です。

一方で家庭用ゲームは、終わりがあり、ストーリーなどから学べることも多い。ゲームジャンルによっては、相当な頭の体操となる。決して、脳死ポチポチゲームとは異なります。家庭用ゲームの幅と奥行きを体験できないのは、可哀想だと感じてしまいます。無論、レースゲームやFPSなど、特定の行為を繰り返すだけのゲームジャンルも存在しますが。

まあ、懐古厨に過ぎないが

身も蓋もないことを言ってしまえば、『買ってもらう』という儀式が今思えばよかったな、という懐古厨的な考えに過ぎません。今の子供に押し付けたくはありませんが、ある種の老害的発想に過ぎないので、今回のコラムはだいぶ戯れ言感が強いと感じてます。加えて、何もゲームではなく、もっとアナログなことのほうが人間にとっては良い体験ができることのほうが多いのではと感じている天邪鬼な部分もあります。

家庭用ゲームの再興はあるか

儲かれば正義。コンプガチャなど、歯止めにもならない歯止めはありましたが、アイテム課金という商法そのものが規制されない限り、ありえないでしょう。家庭用ゲームで育ち、家庭用ゲームを遊び続ける世代、その世代から生まれ、家庭用ゲームを幸運にも触れている世代がかろうじて支え、一方でスマホゲームは、ほか一般層も巻き込んでしばらく台頭しつづけるのは間違いありません。

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